カメ散歩の日記

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一万年の旅路 のメモ

書籍名

一万年の旅路 ポーラ・アンダーウッド 星川淳 訳 翔泳社 1998/5/25

気になった部分

はじめに

  • 物心つくかつかないかの頃から、父は私の記憶力を試し、鍛えました。一番単純な例を上げると、私が見ていたものから別の方向へ体を向けられ、それまで見何が見えていたかを言わされるというようなことをやりました。これを何の前触れもなく何度もやらされるうちに、人によっては、その時見えているすべてを頭に焼きつけると、その脳内写真のようなイメージを、たった今見ているように再現するコツが身についてきます。
    • 写真のように記憶するのは憧れる。そういった能力を持った人は「忘れることができない」ということで、それはそれで悩みもあるように思えるが、最近記憶力の衰えを実感する身としては、なおさら憧れてしまう。なんとなく「記憶力がいい=頭がいい」というイメージが自分の中にあるようだ。
  • 一つは、自分が何かを憶えたなどと性急に思い込んではいけないこと。もう一つは何かを聞くのと、それを理解するのとは二つの別なステップだということです。 三つの違った形で3回、どれも父が語ってくれたのとは別な形で語り返すように求められたのです。
    • 「①記憶する」「②理解する」「③語る・説明する」が別々なステップだということは今までの経験上正しいと思う。私の体験上は、③を行うことで①と②が不十分であることに気づき、その穴埋めを行うことでより完全な理解に向かう。

一つめの主な語り

  • 選び方はたくさんあるが、多くの場合素早く選ぶことが最善で、さもないと選んでも手遅れになりかねない。
    • 「選ぶ」とは決定すること。何も決めないというのは一番良くない(と思われる)。将来を予言せねばならないような決定を硬直的に決めてはいけない。「決めたこと」は変えられる。
  • 節度ある話し合いの知恵を求めること。
    • 「節度ある」が難しい。とかく「徹底的に」となりやすい。また、これにより「敵/味方」「白/黒」となりやすい。「知恵を求める」という表現は良い。「アイデアを出す/解決策を見出す」というニュアンス以上のなにかがあるように思える。

ふたつめの主な語り

  • 目的を持った一族の方がもっと大地を遠くまで進める。 目的意識を持った一族ならたどり着ける
    • この一族の「目的」は何なんだろうか?本書を通じてよくわからない。「動き続けること、変化し続けること」が是なのか?
  • どうか、この<大いなる毛長の民>もまた新しい知恵を学んでほしい。ありうべき明日に向かって生きのびる術を学んでほしい。彼らと一族とが、同じ土地で肩を並べて生きていけるように。ときおりお礼に築くみずみずしい草の山から、彼らの肉という大切な贈り物への感謝を受け取ってくれるように。なおかつたまには槍にかかり、一族が次の<大いなる寒さ>を越す新しい綱になってくれるように、と。
    • アイヌやインディアン(ネイティブアメリカン)流の考え方として、私が子供の頃からもつイメージと合致する記述。とても自然に寄り添った、自然との共存を目指した考え方、とも言えるし、やたらと狩猟採集をし続ければ資源が枯渇してしまうことを戒めた教訓とも言える。また、「申し訳ない」という気持ちをうまく和らげるための方便とも取れる。
  • 寒さと大雪そのものが一族を一つにより合わせること。寄り集わせて語り合わせ、知恵を共有させてくれる
    • 離散と集合の利点。小さな集団がそれぞれ自立して活動し、あるタイミングでそれを持ち寄って共有うする。これによって効率よく地が蓄積・共有・定着する。知恵の多重バックアップともなる。会社組織にも通じる考え方ともいえそう。
  • 互いに昨日のことを語り聞かせ、ときおり明日に思いを馳せながら、今日のありがたみを味わう歌。一人ひとりが、ともに暮らすことの価値を、あらゆる声に耳を傾ける話し合いの価値を認めるまで。
    • 「今のありがたみを味わう」は、メンタルヘルスを維持・改善する手法と通じる。昔からこういった部分は人間は進歩していないんだろう。
  • 「そして互いに語り合わせるのだ。一番もの覚えのいいものを最初に語らせよう。それに、人を動かす話し方を心得た者たちが味つけをする。そのうえで、一族全員の前で彼らにすべての歌を歌ってもらい、一人ひとりが言いたいことを言うといい。こうすれば一族全体の記憶を代々、ここにいる誰の記憶より長く保っていくことができるだろう」
    • ここでも「言葉の力」「話す力」が強調されて、尊重されている。きっと「書き言葉」ではその力が発揮できないと思ったのだろう。故に文字が普及しなかった。誰も文字(焼き号)を思いつかなかった、とは思えない。思いついた人がいたが、それを普及・維持させる動機が足りなかったんだと思う。もっとも、紙がないと記録したものを維持・保管するのはとても困難ではある。持ち運びも大変。定住と文字はワンセットなのだ。
  • そして人びとは、ゆっくり準備してゆっくり食べることの価値、ゆっくり歩いてはるかな目的地を目指すことの価値を歌う、新しい歌に声をあわせるのであった。
    • 現代の私の価値観からすると、上記はある種の理想だと感じる。とはいえ、ここでの価値とはなにか?楽しいこと?この旅自体が楽しみだけでなく苦しみも多いと思うのだが。楽に暮らせること?「何のために」というところがわからない。宗教的に「神の思し召しだから」ではなさそう。あくまで彼らが判断をくだしている。
  • そこで一族は、見つけることより目的のほうがましかもしれないと言い聞かせあった。目的の達成は、その向こうにある新しい目的を見せてくれるだけなのかもしれない、と。そして彼らは、それが悲しむべきことであるどころか、どう見ても喜ばしいことだるとさとったのだ。
    • あぁ、やっぱり彼らもよくわからない状態になっちゃったんだ。この無理くりの理屈づけは、共感がもててなんかしっくりくる。
  • われらは、自分たちが大きな変化を日常茶飯事として受け入れる民になったことを理解した。そして、あらゆる状況から学ぶことが、我らにとって限りない価値を持つようになった。なぜなら、われら一族にとってはこれまでも、またいまも、すばやい変化を背景に一定の安定を保つことこそが生存の種だからだ。 そしてこれらの種を、われらは念には念を入れて守ったのであった。
    • 「変化の中で安定を保つこと」という部分がキモ。これは今も昔も変わらない。ただ、「変化しない」中で生きられる特権を持つ人々がいる一方、そうでない人もいる。そうでない人が圧倒的に多いのが現代。ただ、人生の中で何を持って「安定」とするのかはその人次第。生き様とか価値観の問題。
  • わが一族の女たちは、特に禁じられないかぎり静かな目的意識をもってどこへでも出かけ、どの火のそばへでも座れば耳を傾けてもらえるのが当然とわきまえ、人の話に耳を傾けるのだけでなく実によく語った。この同じ自尊心を彼女らは子どもたちにも教えたから、われらの子どもたちもまた人に耳を傾けてもらうのを当然とわきまえ、人の話に耳を傾けるだけでなく実によく語った。
    • 男女平等なのか。求められる役割と尊重される権利の違い。どこまでの自由を許すのか。ゴールは何か?安定か?不変か?変化か?
  • われらがわれらなりの一族であるように、彼らも彼らなりの一族であって、見かけの違いはたくさんあるにせよ、われらはそれらの違いを尊重するとともに、共通性にも目を向けて、その両方から学んでいくべきだろう。
    • 「共通性にも目を向けて」という視点が秀逸。とかく区別することに目を向けがちだが、共通性に目を向けることを怠らない。
  • そしていつものとおり、ある者はこの技を人よりも楽に学んだし、ある者は苦労した。
    • そのとおり。今も昔も変わらない。
  • この節で語られる様々な特徴から、著者はこの異民族をネアンデルタール人旧人)ではないと想像している。斜視で遠くが見えにくいというハンディが本当だっったとすれば、定説となっている謎の絶滅(ないし新人との交代)に関与したかもしれない。
    • ネアンデルタール人が新大陸に来たかもしれない、という説。ありえないとは言わないが、新大陸に到達できた数は少なかっただろう。

雑感

とても興味深くおもしろく読めた。

イロコイ族に口承で伝えられた1万年以上前の出来事や知恵を集めて出版したものであるため、「ストーリー」として完結しているわけでもないし、「歴史」としても穴があったり時間軸の縮尺もまちまちである。また、完全な創作や日本にもある昔ばなしのような道徳や啓蒙を目的としたものもきっと含まれているだろう。やや語弊があるかもしれないが、キリスト教の聖書やイスラムコーランと類似の役割も果たしたのかもしれない。

しかし、語られる物語の力強さや生々しさは素晴らしい。特に前半の「二つめの主な語り」までが読んでいて楽しい。ワクワクする。この本の内容は考古学や歴史学と矛盾する部分もあるようだが、1万年を超えて口伝えに人から人へと語り継がれてきたということに感動する。そして、北海道の地名がアイヌ語に由来するものが多くあるように、この伝承の中で出てくる地名がそのまま現在の地名になっているというのも興味深い。また、先に進出して発展した中央アメリカあたりの文明と遭遇の話も「多分そうだったんだろうな」と想像力を刺激する。

イロコイ族が過去の経験を大切にし、よりよく生きていくために必死に知恵を蓄えていった努力は称賛に値する。しかし、歴史的な事実としてはヨーロッパから渡ってきた人々との争いに敗れて征服されてしまう。この事実を思うと非常に残念で寂しい。

以前に読んだ「1491―先コロンブスアメリカ大陸をめぐる新発見」(チャールズ・C・マン 布施由紀子 訳 日本放送出版協会 2007/7/1)も私にとっては非常に新鮮で強く印象に残っているが、この一万年の旅路も同じぐらい強く印象に残る本である。アメリカ大陸の再発見以前のアメリカ史の本をいくつか読んでみたいと思う。

読むことになったきっかけ

ずいぶん前からこの本の存在を知っており、気になっていた。好きな作家である立花隆が推薦していたのがきっかけだったと思う。

最近はほとんどIT関係の書籍を多く出版している翔泳社が「ネイティブアメリカンの口承史」に関する本を出しているということも、違和感というか頭に引っかかり続けていた。

旅先で立ち寄った古本屋でこの本をたまたま見つけ、結構分厚いので荷物になったが、思わず手にとって購入。立花隆の推薦文のある帯もついたままであったのが嬉しかった。